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キモヲタ☆ノーガード! #4

 8月7日、水曜日。
 俺に訪れた、まさに青春ラノベ的変事。
 だが、青春ラノベの主人公として、俺というキャラクターは
果たしてどうなのか。
 3ヶ国語を操り、修士号を取得した文化研究者の卵としての
人生を捨てて医学の道に進み、歌でネズミ―ランドのステージ
に立った少年時代を持ち、人気音ゲー「太鼓ドラムマスター」
のネタプレイでTV出演経験を持ち、コミケでは10年戦士、
筋肉質なスポーツマンで、それなのに肥満で、日本酒を愛する
34歳の台湾出身の男、それが俺である。
 こんな存在自体が変化球な男が主人公のラノベなんて、一体
何処の酔狂が読みたいと思うのだろうか。
 しかしこの日、この変化球が凄まじい球速でFさんに真正面
から投げつけられたのであった。
 親父様が、カラオケ行こうと誘ったのである。
 歌唱力はそれなりに持っている。絶対音感とまでは行かない
ものの、相対音感はある程度備わっている。即ち、問題はそこ
じゃないのである。
 このチャンプという男、カラオケに行くと裏の顔が突然出現
するのである。自己陶酔型、まさにナルシスト。 
 そして、マイク要らずの大声量である。
 俺が喉慣らしにケルト系の曲を歌った時点で、突然の腹から
出る大音声に彼女は大変驚いた様子を見せた。更に、かつての
国際学校的文化の気風が漂う曲で、途中ラップが入ったときは
とうとう笑い出してしまっていた。
 終始ラッパーっぽい指ジェスチャーを続けていたのが滑稽に
映ったのか、それまでの声とのギャップがウケたのか。
 後から親父様に聞いたのだが、おとなしい人間と思っていた
俺が突然ハジけたのが意外だったそうだ。
 おとなしいと思われていたなんて、心外だ。でも確かに俺は
彼女との関係に戸惑っていたし、それにいくら三ヶ国語を操る
ことが出来ると言っても、普段使う機会がほとんどないことも
あって、俺の中国語は他に比べると劣るところがある。
 中国語教育の現場で働いたことがあるくらいだから、当然、
コミュニケーションスキルとしては機能している。発音だって
ネイティブそのものだ。だがそれは、正式な場面での意思疎通
に使う類のものだ。事実俺は中国語で同じ年代、身分の人間と
フレンドリーな会話をする経験が圧倒的に不足しているのだ。
要するに「考えを伝えるには必要十分だが、想いを伝えるには
不足する」のである。以前別の人間に「君の中国語には、間を
繋ぐような言葉(日本語の「まぁ」とか「あの」など)が全然
見られないね。機械的とも言える」と評されたが、まさにその
通りだ思う。
 カラオケの後で、俺は週に2回は行う太鼓ドラムマスターの
練習に行くと言った。
 あろうことか、彼女は「観に行きたい」と言い出した。実は
俺が太鼓ドラムマスターでそこそこ知られた存在であることは
既に彼女の父親から聞かされていたのだそうだ。
 またひとつ、抜身の俺が彼女の目に晒される。
 太鼓ドラムマスター用の持参バチをこの手に握った途端に、
俺はカラオケとはまた違った人格になるのだ。パフォーマーの
魂が燃え盛り、全身が滾るのである。
 全部で6曲、彼女は観て行った。左右別譜面という認知能力
を研ぎ澄ませるプレイ、インゾネという大袈裟な動きキメキメ
のスタイル、果てには一人荒んブルーという画面を無視し独自
の動きに走る痛々しいプレイなど、これを見て「なるべく隣に
居たく無いわぁ」と思われても仕方ないなと思いつつ、しかし
手抜きはパフォーマーとしての矜持が許さず、業を尽くした。
 その後彼女は親父様と共に一足先に帰り、俺は暫く残り練習
を続けてから帰った。その間、俺は彼女のことを考えていた。
 カラオケでは、当然中国語の歌を歌っていたが、なんとなく
失恋の歌が多めだったような気がする。台湾に恋人でも居たの
だろうか。そういえば、俺に取って彼女が来るのは突然だった
けれど、実は彼女に取っても急な決定だったのでは無いのか。
そうでなければ、6月に急遽決まって7月にもう来日するなど
考えにくいことだ。それに、彼女の日本語能力はゼロだ。もし
最初から日本に留学するつもりだったのなら、先に台湾で少し
日本語を勉強しているのが普通ではないのか。そしてこの推測
が正しく、これが急な話だったとしたら、今の状況に戸惑って
いるのは俺より彼女の方かも知れない。もしかしたら、心細く
思っているのかも知れない。それなら、俺で力になれることは
無いのだろうか。
 もっと彼女と話をしてみたいかも知れないと、俺は思った。
 その機会は、意外に速く訪れた。
 帰った後、偶然彼女と二人で会話する機会が得られたのだ。
 ここで俺は、俺という変化球を俺なりの直球に握りなおして
スローボールで投げつけてみようと思った。
 ゆっくりとではあるが、俺の方から話しかけた。
 「さっきの俺、びっくりさせちゃった?」
 「ううん。芸があって凄いなと思ったよ」
 一陣のそよ風が、スローボールを包んで揺らし始めたような
気がした。回転を殺されたスローボールは不安定なナックルに
変化する。その運命の軌道は、投げた本人でも解らないのだ。
 「あれも、俺の持つ一面だよ。普段の俺と少し印象違う?」
 「うん」
 「俺さ、発音は君と同じに聞こえるけど、実際は物足りない
部分があるんだ。中々意思を伝え切ることが難しいんだよね」
 「じゃあ私、もしかしてお兄ちゃんに取ってなんだか難しい
状況を作っちゃったりしてる?だとしたら、ごめんね」
 「いや、いい機会だと思っているよ。俺は中国語を練習する
ことが出来るし、君は日本語」
 「私はまだ日本語全然出来ないよ」
 ナックルから始まった球が、スローボールに戻った。
 ゆっくりながらキャッチボールが始まっていたのだ。
 それから、暫く会話が続いた。互いの家庭の話。背景や宗教
の話。ほんの少しだけ、ヲタ領域の話も出来た。彼女は台湾の
同人即売会の存在は知っていた。俺が週末コミケに行くという
ことを告げると、彼女は「色々“オカイモノ”するのね」と、
なんとなくイメージ出来ているような素振りを見せた。
 他には、俺が一人ッ子で、こうして突然彼女が来たことで、
どのように接したら良いか迷っているところがある、と正直に
伝えたりもした。
 彼女は少し笑って「私は付き合い辛い方じゃないと思うから
安心していいよ」と言った。
 ただ、全体的にまだ俺の方が自分のことを語っている時間が
多いと感じた。そうじゃないんだ、俺は相手の話を聞きたいと
思っているんだ。そう思い、俺は話題を変えるタイミングで、
彼女に質問を向けようとした。
 そのとき、おふくろが現れて「もう遅いから早く寝なさい」
が発動してしまった。ああ、なんて間の悪い。
 だが、俺は焦らず騒がず「あいわかった」と立ち上がった。
 そうさ、がっついても仕方が無い。
 その理由も無い。俺はあくまで、折角新しい従妹が出来たの
だから、それがどういう人間なのか知りたいだけだ。それは、
急がずともゆっくりと学んでいけば良いのだ。
 階段あがって彼女は俺の部屋だった場所に入った。
 本来は、俺に取っての安息の空間。
 だが今の俺が休息を取るのは、隣の通路兼臨時用の客間だ。
 彼女はドアをしめる前に一瞬立ち止まって、こちらを見た。
 「おやすみ」
 どちらともなく言った。
 彼女は中国語で。
 俺は日本語で。
 全く以って、悪い気はしない。
 何の隠蔽も粉飾も無い、ノーガード=無防備の俺そのものを
取り出して見せたことは、これはこれで良かったのだと、今は
思っておきたい。
チャンプ(−O−) * キモヲタ☆ノーガード! * 15:41 * comments(0) * trackbacks(0)

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